コラム:海岸から爽やかな潮風、憧れの湘南で暮らす
江の島を中心とした岩礁と砂浜が織り成す美しい海岸線が続く「湘南」。その洗練されたブランドイメージは、古くからの景勝地という下地の上に、欧州式海水浴場が誕生した明治期以降、多くの文人やアーティストの作品のモチーフとなり、富裕層の人々の保養地・住宅地となる中で確立されてきたものです。
湘南と呼ばれる地域の地理的な範囲ははっきりと定義されていませんが、一般的には神奈川県・葉山町から西へ茅ヶ崎市に至る海岸周辺を思い浮かべることが多いようです。その中でも、藤沢から茅ヶ崎にかけての沿岸地域はとりわけ湘南らしい風景が広がっています。
藤沢の片瀬海岸の向かいに位置する江の島は、湘南の象徴的存在です。島は波に洗われてできた海食崖などが随所に見られ、古くから信仰の地として、門前町として栄えてきました。

その江の島が1964(昭和39)年、東京オリンピックのヨットレースの会場となり、それを前に島の東岸が大きく埋め立てられ、ヨットハーバー「湘南港」が造られました。ヨットの収容数は約1,000隻。マリーナとして国内最大規模で、湘南がマリンスポーツのメッカと呼ばれるきっかけとなりました。
片瀬海岸は江の島と繋がる砂州と2本の橋で西浜と東浜に分かれ、両方を合わせた夏季の海水浴客数は2009(平成21)年、景気が低調な中でも前年を上回り延べ420万人を超えています。これについて藤沢市観光課の担当者は「今年は他の海水浴場では客が減ったということをよく耳にした。“湘南”“江の島”のブランド力が大きかったのでは」と分析しています。
年間を通じてこの地に集まってくるのがサーファーです。海岸際を走る国道134号沿いには多くのサーフショップや飲食店などが建ち並びます。片瀬海岸西浜とその西に繋がる鵠沼海岸には「湘南海岸公園」があり、その中に拠点となるサーフビレッジがあります。海水浴シーズンは、早朝と夜間を除き、サーフィンをできるのは鵠沼海岸に限られますが、他のシーズンは辺りの海面いっぱいにカラフルなボードやウインドサーフィンのマストが浮かびます。さらに少し沖ではマリンジェット、モーターボートなどが波を蹴って走る姿もみられます。

湘南海岸公園には、浜辺に沿って防潮堤を兼ねた遊歩道がおよそ2kmにわたって設けられています。公園中央部にはボードウォーク「海風のテラス」があり、間近に江の島が望めるほか、晴れた日には富士山も見渡せます。湘南の心地よい潮風を全身に受けながらの散歩は、気分が爽快になることこの上ありません。

湘南海岸公園・海風のテラス
片瀬、鵠沼、さらに西の辻堂海岸では、300年以上も続く名物のシラスを獲る地引網や定置網の漁が行われており、藤沢市では「海・浜のルール」を定めて、マリンスポーツと漁業の共存が図られています。一部では一般の人が漁を体験できる「観光地引」も春から秋にかけて実施されており、参加してみるのもおすすめです。

明治期以降、国や自治体、企業の保養施設などが置かれてきた湘南の中にあって、特に藤沢の片瀬、鵠沼は、文化人や資産家らの別荘が多く建つ地区として知られてきました。それが戦後、経済成長とともに東京とつながる旧国鉄東海道線、小田急江ノ島線・小田原線の輸送力、スピードのアップで東京都心との時間的距離が短縮。別荘から本宅へと、地区に漂う気品はそのままに高級住宅街に移り変わっていきました。
湘南は多くの文学や映画、ドラマ作品の舞台となってきました。代表的な作品として、藤沢市にある湘南高等学校を卒業した石原慎太郎が23歳の時、小説『太陽の季節』で芥川賞を受賞。弟の俳優・裕次郎が初出演する形で映画化され、1950年代後半から若々しい湘南のイメージを形成されていきました。

太陽の季節 文学記念碑(逗子市)
音楽でも「湘南サウンド」と呼ばれる独特の文化を主に茅ヶ崎市出身のアーティストが発信してきました。1960~1970年代にかけて『君といつまでも』などを歌い、主演映画でも人気があった加山雄三をはじめ、フォークソングの兄弟デュオ、ブレッド&バターらがそうです。そして、1978(昭和53)年にフォーク全盛時代を終焉へ導いた異色曲『勝手にシンドバッド』で衝撃的デビューを果たしてから30年、常に日本のポップミュージック界の上位に君臨してきたサザンオールスターズはその代表格といえるでしょう。
ジャンルに縛られない多彩な楽曲を生み出してきたサザンですが、リーダーの桑田佳祐が生まれ育った茅ヶ崎から高校生活を過ごした鎌倉に至る地域の風景を歌詞に綴ったものは少なくありません。この辺りを車で移動するならBGMは迷いなくサザンでしょう。
2000(平成12)年7月、サザンオールスターズの45枚目のシングルとしてリリースされたヒット曲『HOTEL PACIFIC』は、茅ヶ崎市東海岸南の国道134号沿いに実在したホテル、「パシフィックパーク茅ヶ崎」のことです。加山雄三と父親の俳優・上原謙らがオーナーだった娯楽施設併設のリゾートホテルで、多くの著名人らでにぎわう全盛期を見て少年時代を過ごした桑田が、その頃の様子を歌にしたものです。廃業後に取り壊され、跡地には現在、マンション「パシフィックガーデン茅ヶ崎」が建っています。

パシフィックガーデン茅ヶ崎
国民的なサザン人気は地元の観光地にも波及しました。茅ヶ崎市観光協会が1999(平成11)年に、それまでの明治期から続く茅ヶ崎海水浴場の名称を「サザンビーチちがさき」に改めたところ、減少傾向だった海水浴客数が増加に転じたといいます。ちなみに、サザンビーチの沖に見える「烏帽子岩」もサザンの曲の歌詞に度々登場する名所で、釣り場やダイビングスポットになっています。

また、このサザンビーチの東西、鵠沼海岸と茅ヶ崎の柳島海岸の間約8kmをサイクリングロードが結んでいます。自転車で潮風を切りながら、ゆっくりと流れる海岸の風景を眺めるのも気持ちがいいものです。
湘南は今も昔も変わらぬ風光明媚の地。その一方で常に新しい何かを発信している源でもあります。それらの魅力は人の心をつかんで放しません。この地に暮らすことは今後も人々の憧れの対象であり続け、広がったブランドイメージは深化することはあっても、決して色あせることはないでしょう。
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